ESSAY

  変速エッセイ 13--- 2004/12/01


            自分を知る--天才でないと言うこと

 

 自分は天才ではないといつ頃気付いたのでしょうか?

 今考えると笑えないのですが天才ではないにしろ自分を「特別」と思っていた時期があります。

 「いた」という過去形を使っていますが、今でも特別でありたいという想いはあります。

 でもそこだけに捕われているわけではもうありません。

 いつか書きますがかつて「特別」という想いは自分の支えでした。

 さて、歌を歌う事はある年令を越えると世間では「特別」な扱いになります。

 「いくつまでやってるの?」とか「まだやってるの?」の世界に突入するわけです。

 でもそれを越えて続けると世間の反応はがらっと変わります。

  「やっぱり長く続けていると~」。でもこれは実力が上がらないと言われませんから、

 ただ続けているだけでは何年立っても「まだ」の世界から抜ける事は出来ません。  

 日々の努力が「まだ」を「やっぱり」に変えさせる事が出来るのです。  

 まあその言葉はちょっとした努力への  贈り物。もう少し続ける力になります。

 さて本題に戻しましょう。

 私は自分が天才でないと悟った時どうなったか。謙虚になって努力を始めましたなんて嘘です。

 謙虚になったのは天才ではないと悟ったからではなく他人の存在を本当に大切に感じた時でした。

 ありがたく何より嬉しかった事を覚えています。

 (この「本当」は重要で、助けている人は実はいるのだけれど意外に感じていないものですね)

 次に「努力」ですが、実は私がした努力は異なる2つの時期があります。

 最初の努力は上手くなりたくて努力をしました。これはあまり苦痛ではありませんでした。

 次の努力は苦手な事を克服する努力でした。これは根気と我慢が必要で非常に苦労しました。

 挫折した時もあります。未だに出来ていなかったり、手をつけていない所もあります。

 でも、実は私が最初にやった努力は好きだったからこそ出来た努力です。

 次はただ好きなだけでは出来ない努力です。この違いが大きな差を生み出します。

 「天才ではない」私は好きではない事をやる必要があったのです。

 でもそれでも「もっと」という気持がある限り、歌を続けようと思います。

 もちろん天才が行き着く先とは違うのだと思うのですが、それでも行きたいのです。

 じつはその「先に行きたい」という気持が私をずっと支えてきました。

 それは単純な子供の頃から変わりません。「先に進みたい」という純粋な気持です。

 あなたにはありますか?

                                                                                            misuzu

outano-kyoshitsu